こんにちは、ススム(@Susumu_Shimoda_)です。
私は2019年の11月から当ブログを始めました。
CAREER
- 2015年4月 – 2017年3月 日本ウェルネススポーツ専門学校 健康スポーツ科 競技スポーツコース
- 陸上競技の特待生として入学。学業では、「トレーニング理論」「栄養学」「スポーツ心理学」「バイオメカニクス」などスポーツに関する事を学ぶ。部活動では、跳躍種目の走幅跳・三段跳を専攻し、関東大会や全国専門学校大会などに出場。
- 2017年8月 – 2018年5月 Australia, Brisbane (オーストラリア, ブリスベン) 留学
- Impact English College Brisbaneにて3ヶ月の語学学習の後、SushiEdo Newmaketにて半年間就労を経験。
- 2018年7月 – 2020年8月 独立行政法人国際協力機構JICA
- JICA海外協力隊の陸上競技隊員としてミャンマーへ派遣。Institute of Sports and Physical Education of Yangon (スポーツ体育研究所ヤンゴン) にて、スポーツレベル向上を目的に現地の中高生及び指導者に対する指導育成やマネジメントの業務に従事。
- 2020年9月 – 2021年6月 SES事業 システムエンジニア
- 楽天モバイル5G基地局増設案件に従事。コロケーションシステムを用いた申請や図面修正の業務を担当。
- 2021年8月 – 2021年11月 外資系エンジニアリング
- セキュリティプロジェクトマネージャーとして、施工プロジェクト管理、購買手配、施工管理、テスト、施工図面資料作成、クライアントからのヒアリングなどの業務を経験。
- 2022年2月 – 2022年12月 DX事業デジタルマーケティング
- ファンの集客・定着・育成に繋がるデジタルマーケティングの戦略コンサルティング&実行の内製化支援を行い中長期的に売上や事業価値を上げていく事を目的に、デジタルマーケターとして調査・戦略立案・KPI設定・MTG・運用業務を経験。
- 2023年4月 – 2025年9月 独立行政法人国際協力機構JICA
- JICA海外協力隊の陸上競技隊員としてインドネシアへ派遣。Dinas Kepemudaan dan Olahraga Provinsi Sulawesi Selatan (南スラウェシ州マカッサル市青年スポーツ局) にて、スポーツレベル向上を目的に現地の中高生及び指導者に対する指導育成やマネジメントの業務に従事。
- – 「To create a cozy lifestyle that suit me (自分に適した環境づくり)」
- コンサルタント (日本 – インドネシア)・講演講師・Webライター・スポーツ指導者 (陸上競技)・ヘルスケアアドバイザー (アンチエイジング・ライフハビット)・ライフコーチ (海外キャリア・ライフプランナー)
私は、学生時代の”ある事”をキッカケに「自分の可能性を広げたい」「知らない世界を自分の目で見てみたい」という想いになりました。
そして、1年間Brisbane, Australia (ブリスベン, オーストラリア) にて、語学学習や現地のレストランで就労を経験。
その後、独立行政法人国際協力機構JICAの海外協力隊員として、Myanmar (ミャンマー) の学校にて、スポーツレベル向上を目的にスポーツの指導やマネジメント業務に従事。
ミャンマー語でのプレゼンテーションやワークショップ、広報 (SNS発信) 、動画撮影・編集、レポートの作成など幅広い業務を担当。
この様な活動を発信することで、現地のリアルな現状・課題をもっと知ってもらいたく、ブログの運営も行いました。
それを機にIT業界に興味を持つようになりました。
そして、日本帰国後に「エンジニア」や「外資系セキュリティ会社」でのプロジェクトマネージャーなどの職を経験することで、自分の将来の方向性を考えてきました。
将来的に「海外に移住したい」と考えた際に、「パソコンでできる仕事」かつ「モノやサービスを効果的に提供するマーケティングのノウハウ」が必要だと思いました。
そこで、以前から興味のあった「デジタルマーケティング」のプランナー職に従事。
本業の傍ら書籍執筆・出版、講演の実施、Webコンテンツ制作、日本語講師、通訳など様々な事にチャレンジ。
2023年、再び独立行政法人国際協力機構JICAの海外協力隊員として、Indonesia (インドネシア) 、Provinsi Sulawesi Selatan (南スラウェシ州)、Makassar (マカッサル) のDinas Kepemudaan dan Olahraga (青年スポーツ局) にて、スポーツレベル向上を目的に10代への陸上競技指導やプログラム作成、指導者の育成に従事。
人生フロー
過去の経歴から、私の人生フローを深掘りしていきます。
✔︎人生の転機とオーストラリアへの留学
私は、18〜20歳まで、スポーツの専門学校に通っていました。
そこで、私の人生を大きく動かす出会いを経験。
同じ部活動の仲間に日系人の方がいました。
その人や周りの日系団体のコミュニティと交流をするうちに
「自分も彼等みたいになりたい」
と思うようになりました。
なぜなら、彼等は英語を始め、数ヶ国語で普通に話していました。
当時の私は、英語すら躊躇いがあって話せない状況。
私はそこで、「言語が違うだけで見える世界も情報量も違うんだ」
と大きな衝撃を受け、
「学校を卒業したら留学しよう」
と決意しました。
✔︎国際協力で人生観が変わったミャンマーでの生活
私は学校に在学中、日系人の友達から「JICA海外協力隊」について紹介されました。
当時の私は18歳だった為、20歳から応募可能な協力隊は受けられませんでした。
なので、「オーストラリア留学」から帰ってきたら受けようと思っていました。
数ある職種の中でも、私は10歳の頃から陸上競技をしていた事もあったので、指導者として応募しました。
高校時代の陸上の様子
1次試験は書類審査、2次試験は面接で、無事合格する事が出来ました。
オーストラリアから帰国後に、2ヶ月半、語学を始めとする研修などを受けました。
そして、2018年10月にミャンマーへと派遣されました。
ミャンマーは、「アジア最後のフロンティア」や「アジアの最貧国」と言われています。
私は、ヤンゴン初日に衝撃的な経験をしました。
小さい子供が道路に飛び出し、物乞いや物売りしていたり、路上でお金を乞う老人など。
このような光景を見て、開発途上国の環境と現状を知り、この日からミャンマーでの非日常的な生活が始まりました。
✔︎自由な暮らしを目指して
ミャンマーから帰国後、自分自身の人生設計を考えました。
「これから何をすべきか?何をしたいのか?何ができるのか?」
そう考えた結果、私自身のベースは
「時間と場所に縛られずに生活」「海外を拠点に」
の二つでした。
そこで、そんな生活スタイルにするにはどのような手段があるのか、
考えた末、「パソコン一台で0からモノを作り出す事が出来るIT or Web業界」
となりました。
私の人生のフローとしては上記の通りでした。